張三が飲んで李四が酔う
法華経に、「私はあなたたちを軽んじません」と叫び続ける一人の菩薩の話がある。
ここでいう「あなたたち」とは、単に人間だけではなく、獣も、鳥も、魚も、花も、草も、木も、そして石も、すべてを含んでいる。
つまり、地球上に棲む生きとし生けるもの、存在するものすべてが「あなたたち」なのだ。
私たち人間は、この地球に対して何も造り出すことなく、他の生物を押しのけ、殺し、そしてこの地球上の物質を消費していかなければ生きてはゆけない。生きているということ自体が、他の生物や地球そのものを痛めつけている存在である。
「あなたたちがあればこそ自分がいるのだ」と知ったその瞬間、思わず大地にひれ伏して「あなたのお陰です」と叫ばずにはいられなかった菩薩の心情こそ、滅亡の危機に瀕している地球を救い、ふたたび行きとしけるものの楽園にするために必要な心だと思う。
仏教の教えに「張三が飲んで李四が酔う」という言葉があるが、「人間が飽食して地球が病気を起こす」ようにならぬよう、私たち一人ひとりが、自分の心の中に「自然が私で、私が自然だ」という気持ちを持つことが大切である。
地球の表面積の71%は海で、人間の体も65%が水分だる。人体の中の水分のうち、その三分の二が細胞内にあって、残りは血液やリンパ液その他の体液として細胞外にある。
体液は地球の海のなごりをとどめ、その組成がよく似ているというから驚きである。
あらゆる生物は60%から99.8%までが水分で占め、水なくしては生物は生きていくことができない。私たち人間も、生まれたときの「産湯」から死ぬときの「死に水」にいたるまで水との関わりなくしては生きていけない。
食べ物だけを断つ断食は一ヶ月でも大丈夫あが、水がなければ一週間も生きていけないのが人間である。
水に恵まれすぎた日本人は、豊かな水、美しい水を、何の喜びも持たず、当り前と思って永い間粗末にしてきた。そのツケが廻ってきて、いまでは「六甲の水」とか「○○の岩清水」というペットボトル入りの水を買う時代になってしまった。
何事も、当たり前のように思っていたことを、意識するようになったら大変である。自然を壊すのは簡単だが、それを取り戻すには大変な時間がかかる。日常生活の中で、もっともっと水に感謝し、上手に使うように心がけたいものである。